Crazy

頭がおかしいのではないかと思ってしまう。

昨日は上手く話すことが出来なかった。

それでも、たくさん話した。

それまで全く話さずに過ごしていたから、衝動的に、いろんなことをしてしまいそうになっていた。

このような表現では、なにも伝わらないが。

かなり、突発的な行動を起こしそうだった。

それをなんとか、周りの人々が引き止めてくれた。

少しだけでも自分の心の中を吐き出したからだと思う。

もしそうしていなかったら、今頃どうなっていただろうか。

後悔していたかもしれないし、ワクワクしていたかもしれない。

それでも、今思うととにかく、波が大きくなっていたと思う。

心がさらに落ち着かなくなっていただろう。

正しかった、よくやった、いい方向に進んでいると自分を励ます側で、もう戻れない、これで正しかったのだろうか、苦しい、申し訳ないということを考えていただろう。

そして、落ち着く間もなく、冷静に判断することもできず時間がひたすら流れていたのではないだろうか。

 

だから、話してみてよかったと思うし、言われた通り、話さなかったとしたら、それは本当に申し訳ないことだった。

たしかに、そうだ。

これほど支えてくれる人がいる。

頼んでもいないのに、自分以上に自分のことを考え、心配し、支えてくれる人がいる。

優しさにも涙が出たではないか。

声を聞くだけで安心する。

必死で、目の前で話しかけてくれる。

前を向くことの大切さを教えてくれ。

同じ過ちを犯さないように、なにをすべきで、なにをすべきではないのか。

それがわかるようになるまで、一緒にいてくれる人がいる。

なぜ、そこまで注いでくれるのだろうか。

なぜならば、それは他人事ではないからだ。

自分にも関わることだ。

アトピーの話ではないけれど、身近に症状を持っている人がいるかいないかでは、その症状を持っている他人に接する方法が変わる。

 

世の中全てのことを自分のこととして捉えることはできない。

だが、全てが他人事というわけではない。

物理的な距離があろうがなかろうが、生きていようが死んでいようが、つながりというものは常に存在している。

そして、その絆が強ければ強いほど、人は真剣になるはずだ。

それは時にものすごく強くなるし、同じ人との間でも信じられないほど弱くなったりもする。

自分でコントロールできる部分もあるが、あくまでも二人以上の人が結ぶものなので、どうしようもないことがある。

自分だけで考えるな。

 

2017.4.3

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