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芸術に生きる

久々に自分の人生を振り返ってみて。

最近、そのような時間がなかった。

とれなかったのか、とれていなかったのか。

いずれにせよ、それを省みる時間はなかった。

今日は様々な要因が重なり久々にどう生きていこうかなんてことを考えた。

とても重要だし、意味のあることだと思う。

久しぶりに多くの人に会ったことは、一つのその要因だ。

話をした。

普段入ってこない情報が入ってきたこと。

考えていなかったことに関してアンテナが立ったこと。

人と会うという行為自体に緊張が生まれたし、話すということも体験としては重要なものだった。

それと、おそらくは体調だろう。

また、ここしばらく体調が良くない。

うまくコントロールできていない。

咳が止まらないし、抑えることができない。

頭痛もいつ襲ってくるかわからないし、気分もすぐに変わってしまう。

寝たくなるし、眠くなるし。

無理することはだいぶ前からやめている。

体調がとても重要だということは年々わかってきたし、無理するごとにどんどん状況が悪くなるのも目に見えている。

そして、先は長くないかもしれないなんてことを考え始めてみると、どのように生きるかは、当たり前の問題として目の前に存在してくる。

さて、どのように生きていこうか。

今日は、あらゆる物事に対して恐怖心がなくなった気もする。

それは、自分の人生にとってさほど重要なことではないのかもしれない。

そう考えると少し寂しい気もした。

気持ちを入れたいこと、入れたくないことはある。

そこまでのめり込みたくないけどやりたいもの、という不思議なものもある。

冷静に考えてみると、そこまでやっていて良いと思えないこともある。

それは、その物事自体に関してかもしれないし、そのやり方に関してかもしれない。

何に対して時間が足りていないだろうか。

何が満たされた時に、自分は満足するのだろうか。

その場所にたどり着かないとわからないかもしれない。

けど、その場所にたどり着けるか、定かではない。

 

いま、何に対して不満を感じているだろうか。

なんの時間が足りないと感じているか。

もっと、世界を伝えていくこと。

見てきた世界を発信すること。

美しいものを共有すること。

絵と、音楽と、文章と、写真と、映像と。

統合させたアートを多くの人と共有すること。

そこには、楽しさがあるから。

希望があるから。

そうやって、自分の人生はできてきたから。

だから、そのように芸術に生きていきたいと私は思う。

そしてそれは、できる。

 

2017.3.21

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