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命。

この漢字を見たら、この一文字以上のことを感じる。

と、今思った。

象形文字というのか、何文字というのか、よくわからないが、漢字というものは大きなパワーを持っていると思う。

そんな風に表現するとものすごくあほらしく感じてしまう。

そういう語り方をする人の話なんか全く聞きたくなくなってしまうように。

しかし、記号というものはものすごく面白い。

記号を理解することができる生き物は限られるのではないだろうか。

少なくとも、人以外に記号を理解できる生き物を私は知らない。

一つのものに複数の意味を見出すこと。

見出してしまうこと。

感じること、感じざるをえないこと。

素晴らしい才能であり能力のようにも思えるが、呪いのようにも感じてしまう。

良い面と悪い面が混在していてどうしても避けられないというような。

命。

見れば見るほど確かに面白い。

全く面白くはないのだが、じっくり見てみると面白い。

じっくり見てみることがほとんどないから、そのような行為をしている自分がいることが面白かったし、見れば見るほど、変な感じがしてくる。

 

文字、記号、絵、写真、音楽。

それぞれ、いろんな読み取り方ができる。

けど、いろんな読み取り方をしようとしている人は少ない気がする。

読み取ろうと努力したり何かを吸収したり準備をする人はごくわずかなのだろう。

自分もある物事に対しては集中して取り組むが、あることに対しては全く興味を示さないように。

 

音楽も絵画も、知らなければわからないことが多いという。

歴史、時代背景、当時の技法。

音を聞き分ける能力。

誰もが、メッセージを読み取ることができるわけではない。

答えがはっきりと残されているものもあれば、永遠に答えが定まらないものもある。

だが、読者、見る方、聞く方のアプローチとして、様々な選択肢を持ったり推論することは可能だ。

そこにこそ醍醐味があるのかもしれない。

と言ってしまうと少し陳腐で、議論を無理矢理終わらせようとしているように聞こえてくる。

 

しかし、私はこれからもたくさんのことを読んでいきたい。

そして、生み出していきたい。

読める数が増えれば、埋めるものも増えていくのではないかと、今書きながら少しだけ思った。

全ては自分の中で収まってしまうかもしれないが、それを隠しきることはできない。

誤解でもなんでも、人というものは読み解こうとする。

だから、コミュニケーションというものが生まれる。

そして時々、それはものすごく個人的なものとなる。

 

2017.3.19

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