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いつもそこに

なぜか、いつもそこにあるもの。

例えば、あるアメリカ人男性の音楽。

なぜか、彼の楽曲に出会う回数が多い。

映画で、定番の音楽が流れてくるかのように、自分の人生に何度も出てくる。

驚くほど、その回数とタイミングが出来すぎているので、誰かがコントロールしているようにしか思えない。

今日も久々に、彼の声と音楽を聴いた。

そして今、そのことを思い出しながら、そのことを文章に書いている。

とても懐かしい音楽。

いつ聴いていても心地よい。

この音楽。

 

初めて出会ったのは、7年ほど前だろうか。

どのように出会ったかは正確に記憶していない。

イメージとして記憶されている出会いはこうだ。

どこかで、初めてこの音楽を聴いて気になった。

そして、タイトルを調べようとしてもたどり着かなかった気がする。

そんなか、ラジオを聴いていた。

車に乗っていて、たまたま聞いていたラジオから彼の曲が流れてきた。

その時に初めて、曲の長い部分を聞いた。

一曲丸ごととはいかなかったが、サビをしっかりと聞くことができた。

そこから、歌詞をもとに検索を行いタイトルと歌手の名前を知った。

それ以来、彼の楽曲を聴くようになった。

CDをこ運輸し、その曲を中心に繰り返し繰り返し聴いた。

彼の曲は、それほど有名ではない。

少なくともこの国では。

彼の曲というか、彼の存在はほとんど知られていないと思う。

日本でも大きなレコードショップのような場所に行かないと商品が置いていない。

アメリカでは有名だったと思う。

アメリカに行った時も、たまたま彼の音楽が流れていた記憶がある。

その時も、ああ、また出会ったか、と思ったものだった。

そして、今日。

地元の駅の近くの飲食店で、彼の最初のヒット曲が流れていた。

彼は、本当に本当に、日本では有名なわけではない。

自分の周りで知っている人は一人もいなかったし、店員すら知らなかった。

でもなぜか、この飲食店では流れている。

もう何年の前の曲なのに、なぜ流れているのだろうか。

しかも、自分が来店した時はかなりの確率で流れている。

他に流れている曲は時代に合わせて新しいものになっているのに、その曲だけはなぜだか変化しない。

ドラマや舞台のようだ。

決まったように流れるBGM。

誰も知るはずのないこの曲。

なぜ流れているのだろうか。

確かに、誰が聞いても心地よい気はする。

いつも、自分のためにかかっているような気がしてしまう。

入場曲を流してもらっているような気分だ。

 

 

2017.3.14

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