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旧友

適切な懐かしさ。

と、今日手帳に記入した。

今日は雨が降っていてとても寒かった。

久々に寒かった。

明日の朝は雨ではなくて雪が降るかもしれないと天気ようを誰かが告げていた。

誰が告げていたかは、いつも通りそれほど重要ではない。

とてもとても寒くて、1日家にいざるを得ないような日だった。

そんな中、今日はたくさんの人にあった。

そのことについてはまた日を改めて書くことにしよう。

長い間、たくさんの音楽を聴いてきた。

それが、この間まで、少しだけ長い間音楽を聴く機会を失っていた。

今までに比べて、時間の使い方が変わってきたのだろうか。

今日は久しぶりにたっぷりと聞いてみた。

やはり、そこには良さがある。

チャックベリーがなくなったこととは、そこまで関係はないが、懐かしい音楽というものはとても良い。

そこには安定感がある。

いつでもどこでも、あの時の自分を呼び出してくれる。

しっかりと、すっぽりと包み込んでくれる。

自分も長い間生きて生きたのだなあということがわかる。

あの時、音楽を聴いていた時の自分のことがわかる。

ああ、あの時は春だった。

卒業を控えて嬉しいような悲しいような。

次の道に進むこと、友達と別れることが悲しかったような。

あのような感情は、それ以来長い間味わっていない。

望んでも得られるものではないのかもしれない。

自分をしっかり感じられる時はそれほど多くない。

自分というものは、とにかく常に変化していく。

でも、音楽や匂いや、景色と一緒に、ある時の自分というものはしっかりと記憶されている。

そして、ある時、スイッチが入ることでその記憶は呼び出される。

もう一度自分に会うことができる。

今の自分のこの気持ちは、記憶されるような気持ちではない。

記憶される気持ちというものは、とても繊細なものだ。

変化を含んでいる。

季節の変わり目に空気が変わるように。

気持ち悪い感じがするものだ。

音楽。

楽曲、作品。

この歌詞とこのリズム。

いつ、どんな時をどのように自分は生きてきたのか。

その時に一緒にいたのは誰だったろうか。

どんな音楽を聴いていたのだろうか。

その音楽は、自分を励ましてくれたか?

慰めてくれたのか、一緒に悲しみを味わってくれたのだろうか。

こんなに個人的なものはないのではないだろうか。

同じ曲を生きている間にどれほど聞いただろうか。

死ぬまで、もっともっと多くの音楽を、私は聞き続ける必要がある。

もっともっと、音楽と共に生きていく。

 

2017.3.12

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