3.11

あの時自分は何をしていたのだろう。

震災から丸六年。

この言葉は、全く自分のための言葉ではない。

自分に取ってそこまで関連がない。

あるかもしれないが、そのように自分が言えるような立場にないような気がする。

確実に、そこまで深いつながりがあるとは言えない。

六年経った。

何から六年が経ったのだろう。

その時自分は大阪にいた。

観光をしていた。

旅行をしていた。

その朝は喧嘩をしていたはずだ。

ものすごく懐かしい気持ちだ。

あのような感情は今はほとんど持ち合わせていない。

本当にめんどくさいと思った、やってられないと飽きてしまった。

あんなような呆れ方は今ではしなくなってしまった。

それは、若さゆえの感情だったのだろうか。

おそらくそうだろう。

記憶のためにも、ここに記しておこう。

大阪へ旅行へ行っていた。

その朝、ネックレスが絡んでいた。

出発時間が迫っていた。

早く準備をして部屋から出る必要があった。

そんな中でのネックレス。

複雑なものではないが、その絡み方は少し複雑だった。

こんな時に、そんなことをしている場合じゃないだろうと、ものすごく強く思った。

呆れていただけならマシだったかもしれないが、その時はとてもイラついていた。

怒りがこみ上げてきた。

なんでこんなことに、今このタイミングで付き合わなければならないんだ?と思った。

焦りではなくて、呆れや怒りが混ざった感情。

こんなに馬鹿げたことはないだろうと思っていた。

自分に関わることでこれ以上にバカらしいことはあっただろうかと感じていた。

それ以来、そのように感じた記憶はない。

というか、そのような感情はその時におき忘れてきた。

 

地震が起きたとき、何をしていたのだろうか。

おそらく、大阪城公園にいた。

城には入っていなかった気がする。

見学が終わって、城から出る時。

ちょうどラジオがかかっていた。

外なのに。

なぜだろうか。

いつもかかっているのだろうか。

それとも、放送で、ラジオが拡大されていたのかもしれない。

震度5だかなんとか、そんなことが耳から入ってきた。

次は、津波の話。

どこの国のことか、と思った。

自宅の方に連絡を入れても電話は通じない。

その後、道頓堀のビジョンで津波の映像が映し出された。

素通りしていく人々。

あの光景は本当にこわかった。

なぜみんな、これほど気にしないのだろうかと心の底から驚いた。

言葉が出なくなるほど驚いた。

他人事なのだろうなと強く感じた。

あの時から、六年が経ったようだ。

 

2017.3.11

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