好きなことから

そして今日も遅れをとっている。

どうやら、今日だけで追いつくことはできそうにない。

空は明るくなってきた。

そうだ、今日からは太陽が出ている時間の方が長くなる。

どこまでいけるか試してみよう。

もし、もう少し昼の時間が長いとしたら、我々の生活は大きく変わっていただろう。

施設が空いている時間も長くなるだろうし、電気がない場所でも外でスポーツができたりするだろうし。

明るいことがすなわち便利で安全で価値があるというわけでもないのだが、明るい方が良いイメージがたくさん生まれてくるのはなぜだろうか。

今日も遅れをとっている。

そしてその遅れは、この前よりも大きくなってしまった。

だが、あせることはない。

1日で追いつけるもの、達成してしまうような目標の方が少ない。

そう思うと、焦ることはない。

だが、いつ死ぬかもわからない。

今朝起きて、地震が起きなくて良かったと感じた。

もし地震が起きていたら、二階のいまから、階段にたくさんのものが落ちていただろう。

安らかに眠ることはできなかったのだろう。

そして、自分の人生というものが、すっパッと中断してしまったのだろう。

自分から見ても、他人から見てもどう見ても明らかなように人生が中断されてしまうのだろう。

そうならないと良いなあとは思う。

けど、その規模のことは、大抵自分にはコントロールできないようなところで起こるのではないかと思う。

そうではないと強く説得されても、全てを信じ込むことは難しそうだ。

今日がまたこうして昨日から続いていることは、とても素晴らしいことなのかもしれない。

少なくとも、それを素晴らしいこととして感じ取ることはできる。

いや、実際に素晴らしいのだろう。

最近、感謝を書いていたのかもしれない。

そのように感じた。

あまりにも早く時間が流れていく。

それに自分が付いていくことができない。

それがとても苦しかった。

無気力になる程、何かがもやもやしていた。

けど、少し落ち着いて振り返ってみる。

好きなことをたくさんやったではないか。

愛する人たちは幸せそうに笑っていた。

そして、紛れもなくお互いのことを思いあっていた。

それは、確かに素晴らしいことだった。

間に合ってないことは山ほどある。

できるだけ、一つでも多くやっていった方がいい。

それでも全ては終わらないのかもしれない。

だったら、好きなことからやった方がいいのだろうか。

どの時間軸で自分のことを考えたら良いのだろうか。

答えが見えてくるはずだ。

 

 

2017.3.7

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