時間

今日もとても焦っている。

しかしこれは、とてもよい種類の焦りだ。

自分でやりたくてやっている。

やりたいことが多すぎて仕方ない。

そんなことはあまりないのかもしれない。

他人と比べてとか、自分の過去と比べてとか、そういうものはさておきとにかく今、やりたいことが溢れている。

やるべきことがその中に幾つか紛れ込んでいるからさらに焦っているのだろう。

他のことは頭に入ってこない。

自分のやるべきことに邁進していくだけ。

今がそんな状況だ。

 

書くことに関しても世の中は変わってきている。

どれくらいの文章。

量、質、その他もろもろ、

どのように評価されていくのか。

読まれた量、質。

人はいつまでも、書き続けていくのだろうか。

いつの日か、書くことは過去のものとなるのかもしれない。

一部で残る可能性はあるが、最も主流な記録の方法が書くというものではなくなっているのかもしれない。

文章を、文字を打ち込むことも書くことだと思う。

今の時点では。

指を動かして、頭の中にあるものを表していく。

書きながら考えている人も多いのだろう。

書いているのか、考えているのか、表しているのか。

自分にもわからないやり方で、スピードでその行動は進んでいく。

 

紙とペンだった頃の時代と今の時代では、人の考え方やその表し方に大きな変化はあるのだろうか。

それを誰がどのように調べればよいかもわからないが。

けど、先を考えてみると多kな変化が起こりそうな気もする。

結果的には、どんな変化も当たり前のものとして受け入れられるのが人間という生き物だろうが。

だが、どんな時もその変化が起こっている最中は、みな苦労したり奮闘してきた歴史もあるだろう。

書くことは、今後変わるかもしれない。

音声入力が主流になるとしたら、今のままではいかなことも出てくるのだろうか。

 

今の技術の音声入力と、それが完成されて、主流になっているものでは大きな違いがあるだろう。

どれくらいの精度で、スピードで入力というか表現が行われていくのか。

話し言葉か書き言葉か。

それによって読みやすさも変わるだろうし、評価も変わるのだろうか。

喋らなけば文章は書けなくなってしまうのだろうか。

書くことのメリットやデメリットが改めて洗い出されているかもしれない。

 

だが、この書くという行動や思考はどうなるのだろうか。

同じように思考を正確というか、意のままに表現し続けられるのだろうか。

もしくは、今以上に伝えたいことが伝わりやすくなるのだろうか。

 

 

2017.2.27

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