書かなければ

いろんな選択肢はある。

目の前にある。

手の中にある。

これを有効に使えるかもしれない。

ただの作業になるのか、仕事になるのか。

報酬を得る手段とするのか、見返りのない苦痛とするのか。

 

そんなことを考える必要が実際にはないのかもしれない。

考えたら何かが変わるのかもしれないが、そこまで向き合ったことがない。

 

では、今なぜこのことをしているのか。

そうせざるをえないからだ。

それだけが理由だ。

この文章を誰が読むのか。

読んだ人は、何のことについて、自分がどれだけのことを論じようとしているのか、どこまで読み取ることができるだろうか。

どんな心境で、どこで、どのようにこの文章を書いているか気にすることはあるだろうか。

普段、本屋文章を読む時に、他人の文章についてそんなことを考えたことはなかったなと今思った。

大きな机に向かって、朝6時頃書いたのか。

そんなことは思わない。

その人の個人的な経験を反映しているな、こんなメッセージがあるな、というようなことは考えてしまうし、読んでいて感じてしまう。

それは避けられないことだ。

 

このパソコンを買ってからどれくらい経つだろうか。

もう、使い始めてから五年目になるだろうか。

長い時間を過ごしてきた。

とてもとても長い時間だ。

人生の5分の1。

そう考えると非常に長い。

それでも、文を書いている時には目の前の時間としか向き合えない。

とにかく今は、書かなくてはならない。

時間が足りない、ねむい、ゆっくりしたい。

いろんなことを考えることもできるのだが、今は書いている。

誰に頼まれたわけでもないが、ということではない。

自分に頼まれている、というのは少し変わった表現のように感じるが、そのような表現が正しいのかもしれない。

 

いまは、とにかく書かなければならない。

何かが、いや、あらゆることが追いついていない。

一心不乱に書き続けている。

久々に机に座った。

一年前は1日何時間も机に向かっていた。

その時間は本当に長かった。

 

いまでは、そんな時間がほとんどない。

一週間でそのような時間を作れる日がほとんどない。

間に合わない。

だからこそ、それでも書かなければならない。

読まれることが重要ではない。

文字にして、描かれることも重要ではないのかもしれない。

最も大切なことは何か。

こうして目の前の時間と、自分と向き合って、勝手に対話が終了することだろうか。

そしてそれは、自分にとって書くということで実現されるのだろうか。

 

2017.2.23

広告を非表示にする