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2.22 心が離れること

離れた心。

 

一度離れた心は戻らないという。

どこまでいったら離れるかという問題はもちろんつきまとう。

一度、少しだけ離れる。

人間関係なら、付き合っていた人との関係を解消する。

それでも、何週間か、何ヶ月か経って元に戻る。

この場合、心は離れていなかったのだろうか。

一度は完全に離れた。

それが正しい表現なら、また戻ることはなかっただろうし、一度は、という表現もおかしいだろう。

だから、それは、離れていなかったということになるのだろう。

 

どこまでいったら、もう戻れなくなってしまうのだろうか。

そのような経験を、人生でどれほど体験するだろうか。

自分の人生を振り返ってみる。

また他の人はどうだろうかと考えてみる。

物理的にも、精神的にも繋がりというものがある。

それは、人にとってはとても重要なものだ。

つながりが多くて、太くて、しっかりしていればいるほど良いというわけではないのかもしれない。

細くて、今にも切れそうに見えるのだが、長い間切れてこなかったような絆やつながりをたくさん持っている人だっているだろう。

それらに対して、誇りを持っている人もいればコンプレックスを持っている人もいる。

 

心は、ほとんどどんなものに対しても、一度は離れてしまうのではないかと、私は思う。

いつまでもつながりを保つものは本当にわずかで、その人の一生の中でも両手にある指の数に満たないくらいではないだろうか。

人だけでなくても、ものでも、事象でも。

どんなものと自分が繋がっているかがすなわち自分である。

それをどうとらえるかが、自分がどのように生きているか感じているかである。

 

またしても近頃、一つのことから心が離れた気がした。

私は、心が離れるという経験を数多くしているわけではないが、その数は少なくないと思っている。

よく、これまでいろんなものから離れてきた。

その時の気持ちや、離れたと感じることをよく覚えている。

だが、離れることは私にとって悲しいことではない。

 

一度、大きすぎるものを失いそうになったことがあった。

でも、それは戻ってきた。

あの時は怒りが大きく私を支配した。

結果的に、戻ってきて、つまり、離れることがなくて良かったと思う。

あの時あのつながりを失ったらと思うと、よくわからなくなることが増えてしまう。

 

それを除いて、特に離れることの悲しみはなかった。

より大切なものに向かっていく、自分のことをよくわかっていけるようで。

もっと、たくさんのものと離れ、数少ないものとの絆を大切にしていくのだろう。

 

2017.2.22