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時代

時代に翻弄されること。

昔はそれが当たり前だったのではないだろうか。

昔の漫画を読んでそれを強く感じた。

たくさんのことを学ぶことができる。

政治から宗教まで、今はない戦争のこと。

貧しさや繁栄について。

今、自分が体験できないようなことがたくさん書いてある。

違う時代の、違う場所の話だと強く感じるが、それはその通りだ。

けど、今がその時代だったかもしれないとも時々思う。

その時代に生きていた可能性があったのだと。

そして実際に、そのような時代を生きてきた人がいる。

その時代の体験を話すことができる人も、数は少ないが実際に存在するのだ。

それはとても信じられないようなことだが、そのようにして歴史は引き継がれてきたし時代は進んできた。

そう思うと、人間の歴史も信じられないようなことの積み重ねだ。

同じようなことを、違う時代の違う人が繰り返しているだけなのだろうか。

 

時代に翻弄されているとは、それほど思えない。

自分で判断したりする余地が、今の時代はとても大きいと思う。

自分以外からの影響にそれほど苦しんでいた時代があったとは、少しだけ信じがたい。

昔の人は、自分よりも自分の所属する集団や生まれた場所に強い影響を受けていたのではないだろうか。

そうとしか思えないような表記で溢れている。

そこで味わった苦悩がビシビシと伝わってくる。

俺はこんなのは嫌だった。

何かを変えたくて仕方なかった。

悔いている。

そのようなことも少しは感じられるのだが、最も感じるのは、その影響は避けられないものだったというようなことだ。

本当に、圧倒的だったのだろう。

今の時代に生きている人には全くわからないくらいに。

 

大きすぎる力や時代のなみんながされて、その一人として生きる。

今もそれはそうなのだが、その程度というか方向が異なる。

まとまりが小さくなってきているし、個人の大きさも変わったのだろう。

 

どこに行くか、誰と生きるか。

何に命をささげるのか。

自分の命、生き方は他人に操作されたり決めるものではなくて自分ので選択するものだという考えはいつから生まれたのだろう。

そのように考える人が多い時代もあって、一時期減って、また増えたり。

そんな調子で繰り返されているのかもしれない。

 

読みおわて感じることは、その時代の圧力や流れからはどうしても避けられなかったというメッセージだ。

とにかうそれはそういうもので、どうしようもなかったというような。

 

今は、どうだろう。

どんな時代なのだろうか。

それを記すことができる個人になれるだろうか。

 

2017.2.21

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