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寿命はそれぞれ、決まっているという。

人生の濃さを変えることはできるが、長さ自体はそれぞれの人によって決まっていて、変えることはできないと。

なんだか運命について語っているようだ。

しかし、まあ、当たり前のことではある。

いつか死ぬことは避けられないし、寿命を決めることができないのも当たり前だ。

少なくとも今の時点では。

今後決められるようになるのかもしれないが、今そのことについてはそんなに時間を割いて自分が考えるべきではない。

では、濃さは自分で決めることができるだろうか。

これに関しては、そうだと思う。

限られた時間の中でどのように行動するか、ないを感じるかはその人次第で大きく変えることができる。

そのような他人の例をたくさん見てきたし、自分のこれまでの人生からも感じる。

これからもどうしていくかによって感じることや感じ方が変わっていくのだろう。

 

病。

それは人を死に、寿命の方へ近づけていくものだ。

あとどれくらい生きられるかは常にわからないはずだ。

或る日突然、病というものが現れる。

そのとき急に、時運というものに向き合わなければならなくなる。

こればかりは本当に、仕方ない。

治すこと、治すように努力することはできる。

まずは自分で調べて対処を行うこと。

改善できるような食事、運動をしたり、環境を整えてみる。

清潔な空気が必要かもしれないし、喧騒から離れなければ治らないかもしれない。

自分で調べてからは、他人の協力を仰ぐ。

専門家という人たちがいるから、アドバイスをもらい治療してもらう。

その専門家にも様々な人がいる。

高いお金を払えばそれだけ良い治療、最新のものや治る確率の高いもの、を確実に得られるとは限らないが、それを得られる確率は上がっていく。

 

病に気づくと、そこから人生は大きく変わりだす。

まず、恐ろしく感じる。

これはなんだ、どう対処したら良いのだろうか。

なんせ、これまで起こったことがないことが起こるのだから。

そして、わからないものに立ち向かわなければいけないのに、自分の命が危険にさらされていることはどんどんわかってくる。

それを遅められない、避けられないとなると苦しさは増していく。

他の人がなぜあれほど苦しんでいたのか、そのとき初めてわかるようになる。

あとどれくらい時間が残っていて何ができるだろうか。

その中で自分は何を選択するのか。

それを考え始める。

病は大きすぎるほどのきっかけだ。

それがなければ何をしていただろうか。

 

 

2017.2.17

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