1000字

1000字の可能性。

1000時も文章を書くことができる。

それとも、1000字しか書くことができないのか。

限界を決めるのは自分ですという話ではなくて、その中で、どのような影響が自分には起きているだろうか。

それを書くためにはあらゆることが影響している。

ふだん暮らしていて考えていたこと、それがあってこそこうして文章が出来てくる。

ずっと書こうと思っていた内容も、書く瞬間によって内容は大きく変わるのだろう。

主に、感情と呼ばれるものによって。

気分が良かったり、悪かったり。

書いているうちに新たな疑問が生まれてきて、文章が異なる方向に進んでいったり。

だから、書くこと自体がある種の冒険のようなもので、どこにたどり着くかはほとんどわからないということになる。

自慢できるような冒険になるかもしれないし、人に話すには不十分な内容にだってなりうる。

 

今朝は早く起きた。

昨晩は早く寝た。

なので、睡眠時間はいつもとそれほど変わらない。

だが、朝早く起きたことで昨日の晩できなかっとことをしているような気分になる。

夜だったら疲れが溜まっていて集中することができなかったが、朝ならフレッシュな状態で目の前のことに取り組むことができる。

 

ここまでで、500字。

書きたいことが二つあったのだが、それがごちゃごちゃになってしまった。

一つにまとまったわけではなく、一つの場所に、二つのものが顔を出しては隠れたりするようなものになってしまた。

 

600文字。

最初1000字を書くと決めた時は、短くないと感じた。

始めてから時々文章を読み返してみるが、読むときに1000字というものはものすごく短いように感じる。

あっけにとられるというか驚いてしまう。

あれほどの時間を費やして書いたのに、という失望ではないのだが、こんなに短いのか、と何度見ても驚きが付きまとってくる。

書く自数と読む字数は大きくかけ離れているように感じる。

 

確かに、80年生きたのか、と自分で振り返ってみると果てしなく長く感じるが、他人がそれだけ生きたと聞いても数字としてしか捉えられないだろう。

自分が体験することとの違いというわけではないが、見方や表現を変えるとこんなにもあっさり見えてしまうのか、一方でこんなに手間がかかったのにと感じることはたくさんある。

日が昇る時間が早くなてきた。

今日がまた始まった、という前に、今日は始まっている。

冬の朝の、あの独特な感覚が私を襲う。

また、1日が始まる。

 

2017.2.12

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