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睡眠

今朝感じたことは、たっぷりと睡眠をとると幸せに近づけるのではないかということ。

正しいのかはわからない。

けど今朝は、そんな気がした。

昨日はたくさん睡眠時間をとった。

そう書くと、自分で選んで選択し、主体的に行動したように聞こえるが、そんなことはない。

睡眠というものは特に、どこまでコントロールできるかよくわからないことである。

寝る、寝てしまう、眠りに落ちる。

起きる、起こされる。

寝過ごす、寝坊する。

ある時は人のせいや外部環境を理由とし、ある時は自分で管理しているように表現する。

人間というか動物の習性の一つ。

睡眠というと医学用語か専門用語のようにも聞こえる。

どうなのだろう。

睡眠、寝ること。

全く、自分でコントロールできていないのかもしれない。

できるとしても、それはほんの一部で、全体を司ることは確実にできないのではないか。

麻酔で眠るというのだろうか。

眠らされてしまうのか。

麻酔はどこまで聞いているのだろう。

単純な睡眠と同じ状態になるのか、痛みを感じないような仕組みになっているのだろうか。

単純な眠りの中にも浅さや深さなどの程度の違いも存在するだろう。

目覚まし時計を使って目をさます。

起きることに関してはコントロールできているように見えるが、それは自発的なものではない。

外部環境に身を任せているだけで、その結果起きた、というか、起きてしまっただけとも言える。

目覚まし時計をセットすることは誰でもできるし、そのこと自体は眠りの程度に関してもほとんど影響を与えないのではないだろうか。

 

昨日から今日にかけて、長い時間寝た。

9時間ほどだろうか。

布団に入ってから一度も起きることはなかった。

あったいう間に朝がきたという気持ちもしなかったが、短すぎてもっと寝たいとも思わなかった。

やけに頭がクリアで、なんだか楽しかった。

 

睡眠をしっかりと、というか十分にとると幸せな状態になるのかもしれない。

長すぎる睡眠ではなくて、時間に余裕がある中で、適切な時間眠っていること。

起きたときに後悔がなくて、体調も良い。

そんな睡眠は幸せを与えてくれるのだろう。

困った時は、気持ちよく寝てみればいい。

そんなアドバイスは存在しないだろう。

気持ちよく寝られるように運動をしてみたり、ストレスを減らしたりはできるかもしれない。

やはり、睡眠自体はコントロールできなくて、睡眠の周辺をなんとかするしかないのだろうか。

いつになったら幸せに近づけるだろうか。

 

2016.2.6

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