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She

昨日も1日、彼女に助けてもらった。

昨晩話をしていて、おとといのことを思い出すことができなかった、。

とても大切な話をしていたのに、内容以前に、話していたことすら忘れてしまっていた。

とにかく自分はあの時焦っていた。

大切な人のことも、目の前のことも見えなくなっていた。

それではいけない。

 

これまでにも、落ち込んだり喜んだりと感情の起伏はたくさんあっただろう。

その際に、心の在り処なんて考えたことはなかった。

哀しもうが楽しもうが、それが感情だったし、感情がどこから出てくるか、心がしっかり働いているかなんて悩んだことはなかった。

今では、心が動いている気がしない。

あまりにも、感情が動いていない。

喜びが特に少なくて、あらゆるものが悲しみという枠に振り分けられていっているような気がする。

薄くて青くて、冷たい方に、あらゆる事柄が自動的に振り分けられていく。

それはほとんど一方通行で、判別に時間もかからない。

悲しみは、その薄い層は少しづつ厚くなっていって、膜が出来ていく。

もっともっと、心が動かなくなっていく。

それを感じることはまだ、できるのだが。

 

先に喜びや楽しみを見出さなければならない。

同時に、今をしっかりと味わうことも。

家族がいる。

自分が、何かを思ってそれを吐き出せる人がいる。

その人たちは、しっかりと話を聞いてくれる。

何よりもそばにいる。

いてくれるだけで、どれだけ心が救われているのだろうか。

その人たちがいないなんていうことは想像できない。

そして皆、健康だ。

今のところは。

体調に関して、不安はあるが、ある程度自分でコントロールできるものとできないものははっきりしている。

落ち込むしかないときもあるから、過度に怯えず、できる対策は施していくこと。

移動手段もある。

お金もある。

食事もできる。

こうしてはっきりと思考を吐き出すことができる。

朝、目をさますことができた。

住むことのできる立派な家がある。

当たり前のことに、もっと目を向けて、自分をそこから少しづつあげていく必要がある。

これらのどれが欠けても、状況はもっと悪くなっていただろう。

昨日も1日、彼女はそばにいて、話を聞いてくれ、話をしてくれた。

自分は本当に何もしなかった。

それでもそばにいてくれた。

信じてくれた。

これほどのことは存在しないかもしれない。

他に何を求めることができるだろうか。

もっと、浮かび上がっていく必要がある。

入るまでも底に沈んではいられない。

毎日、本当にありがとう。

行動でも示していこう。

 

2017.2.4

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