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一瞬の積み重ね

今朝も、多くのことが間に合っていない。

一体いつになれば、すべてのことが間に合っていると思えるのだろうか。

追いつくことだけにすべての時間を注いでいるような気持ちになる。

というようなことはないが、間に合っていないと思うことは日頃多い。

 

追いつくことに、楽しさがあるのだろう。

その目標というか対象を自分の中に設定する人もいる。

他人や、外の世界に求める人も。

いや、追いつかないことの方に楽しさを感じているのかもしれない。

楽しさを感じるポイントはいくつもある。

瞬間瞬間なのかもしれないし、或る時は継続的に感じているのだろう。

 

決して追いつくことのできないことに向かっていくこと。

そんなこと、したこともなかったし考えたこともなかった。

決して追いつくことができないことは、基本的には自分の思考の中に現れてこないのではないか、と今思う。

これから専門家となって、或る道で誰もが成し遂げたことのない記録を残す。

それが目標となるならば、慎重に分野を選択し、これまでの記録を調べることで案外容易に達成できるのではないかと思う。

 

遠すぎる目標に向かっていくこと。

到達しようがしまいが、目の前のことを一つ一つ積み重ねていくことがすべてなのだろう。

何を成し遂げるにも、小さな積み重ねしか、目の前には存在しない。

どんなに偉大な結果があろうと、スタートからゴールまでひとっ飛びなんてありえないし、ショートカットは存在しないわけではなく、日々の積み重ねこそが裏技や魔法と思われるような要素なのだ。

どんな偉大な選手、専門家にも日々こなしてきたことがある。

その過程なしに、何かを達成したと考えることは不可能だ。

なぜなら、そこには時間が流れていたわけだし、同じ時代を生きてきた人がいるわけだから。

同じチームで、同じ期間プレーをしてきた選手に聞いてみるといい。

全く同じ時間を、確実に過ごしてきたわけだから、どんな記録も一瞬の積み重ねの上に成り立っていることは否定できない。

 

焦らず、目標より前に進むことができなくとも、最低限でも追いつくことが重要なのかもしれない。

はあ、やっと追いついた、と少し疲れつつも安心できるぐらいで、十分進歩があるのかもしれない。

もっと、自分が積み重ねていることに目を向けてみたらどうだろうか。

自分が望まない方向へ何かを積み重ねている場合もある。

大きな安心も、大きな不安も、大きな後悔も大きな記録も、毎日少しづつ作られていく。

 

 

 

2017.1.27

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