溢れた水

溢れた水は冷たかった。

急いでいて、水をこぼしてしまう。

コップから溢れた水。

朝七時。

冷たくて寒い冬は、だんだん終わりを迎えようとしている。

今朝も、起きた時は部屋に光が満ちあふれていた。

これまでにはなかったことだ。

日の光が眩しい。

これからどんどん明るい時間が長くなっていくことが楽しみで仕方ない。

冬の空気が澄んでいる期間も残りわずかなのだろう。

あらゆることは過ぎていくし、その瞬間を噛み締めていかないといけない。

四季があってよかった。

この場所にいるだけで、自分が移動していないのにしっかりと季節は変わっていく。

変わらないで欲しいと思ったことは一度もない。

この世界には、季節が変わらない場所があるということには驚きを感じる。

そのような場所で長い時間を過ごしたことがない。

今、日本で感じている季節は春、夏、秋、冬。

この四つの季節に関しては理解しているつもりでいる。

けど世界には、他の季節があるのかもしれない。

それを表す言葉もきっとどこかに存在しているのだろう。

その場所では、ここでいう冬が夏である可能性もある。

 

季節が変わることに、人は適応せざるをえない。

天候や気候を変化させる力を、まず人間は持っていない。

ある場所を、機械を用いて変えたり、施設など区切りをつけて管理することはできるだろうが、根本的な変化を生み出したり広範囲に影響を与えるのは不可能に近いだろう。

そう思ってはいたものの、近年話題になっている地球温暖化というものは、人間が環境に影響を与えている事例なのかもしれない。

だとしたら、立派にというかしっかり天候に影響を与えたり季節を変えようと取り組んでいると言える。

干ばつが続く。

最高気温も過去最高を記録し、自然災害が増える。

人間の命が奪われていくしその他の動物も適応できなくなっていく。

冬眠をして寒い冬を乗り越えることはできるかもしれないが、暑すぎて仕方ない夏は、どのように乗り越えれば良いのだろうか。

自然災害というのも、人間から見た表現であって、自然の中では当たり前のことでしかないし、良い循環の一つとも言えるのだろうか。

今朝は急いでいて、コップから水をこぼしてしまった。

その水はとてもとても冷たかった。

朝日の量とその水の冷たさから冬であることを思い知った。

冬でよかったと思う。

今日が冬のそこだ。

一年という単位の中では。

また次の冬、冬のそこが来るまで一年ある。

そのあいだにしっかりと季節を味わおう。

 

2017.1.23

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