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Aspects

ほとんどのことは、自分以外の誰かが替わってくれるということはない。

自分でやるしかないことが、案外人生には多くて、それに気づくまでに時間がかかる人も多い。

自分でやらなければいけないこと、やらなくても済むこと、やるべきではないこと。

その辺が少しでも見えてきたり、みようと思えるようになった頃には、それまでと異なる景色が見えているだろう。

自分がやらなければ、そこで途絶えてしまうこと。

それがたまたま、社会や集団の伝統という大きなものの一部を担っていることもある。

自分の選択などそこには存在せずに、何かをやらなければ、継がなければならない人というのもおそらく、幾らかは存在するのだろう。

繰り返し、反復が大切だと言われる。

とにかく数をこなすこと。

こなすという表現は適切ではないかもしれない。

なぜ、多くをすることが尊くおもわれていたり、価値があるとみなされることがあるのだろうか。

一回ではわからないことも、数回でわかるようになることがある。

技術を身につけることができる。

知識も時間とともに増えていく。

失敗が増えればそれだけ課題が見つかり、それを乗り越えようとすればするほど先に進んでいく。

一つでも多く進めば、一つでも奥を学び、できることも増えていく。

だからだろうか。

ピカソはなぜすごかったのかという話で、彼は多作だったという答えがある。

 

社会に大きな影響を残そうが残すまいが、続けることで生まれるものは確かに存在するのだろう。

毎日日記を書くといったようなことだって絶対に誰かが替わってくれるということはありえない。

毎日の写真を見返して、その日に何をしていたのか大まかに思い出すことはできる。

しかし、その日にしていたこと、感じたことなどが文章に残っていたら、少なくとも自分にとっては意味があるだろうし、自分にしかわからないことがしっかりそこには記されている。

そう、ほとんどのことは自分にしかわからないことなのだ。

他人が知りたいと思っても、あなたが開かなけれ伝わることはない。

 

生きていくことも、楽しむことも、悲しむことも。

自分だけではできないし、分かち合うことはもちろんできるのだが、誰かが替わってくれるということはありえない。

これは、自信を持って、自分の中に存在するものは、自分の中にしか存在しないと言い切ることができるのかもしれない。

そして、それを外に出していくには、間違いなく自分が動いていかなければならない。

 

 

2017.1.20

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