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どれほど自分が幸せだろうか

最近まではこんな風に感じる余裕がなかった。

冬が来て、寝ている時の嬉しさを感じた。

部屋が暖かいこと、毛布に包まれている時の柔らかさ、感触。

もっと寝ていられることの嬉しさ。

なんでもないようなことだし、生まれてから死ぬまで毎日繰り返していくことなのだが、そんな中に喜びを感じられた。

時間を伸ばせる、先がある、この状態が続いていけばいいのになあと思う。

そのようなものがどれだけ自分の周りにあるのだろうか。

実際にどれほどあるのか、その数は、自分が幸せに感じられる数と同じだとは限らない。

心に余裕がある。

そんな状態だから幸せや喜びを感じているのかもしれないし、真逆なのかもしれない。

今朝もこうして、目がさめる。

目がさめることが最も不思議なことだと彼女が言っていた。

自分はそんなことを生まれてこのかた思ったことはなかったのだが。

目を覚まし、自分の意思で好きなことを開始する。

自分の意思で、なんてわざわざ書かずとも、特に迷うこともなくしたいようにすることができるということ。

本を読む、文章を書く、好きなものを食べ、好きなものを聞く。

こんな幸せは他にないんじゃないだろうかなんて思ったりもするけど、行為自体はそれこそ何度も繰り返されるものだし、他人と比べたって特別なものとは言い難い。

 

昨日は、ありとあらゆるものに感謝の気持ちを覚えた。

天気はとてもよく、空は高く突き抜けるようで、青さが気持ち良く光は透き通っていた。

起きてから寝るまで、大切なものに囲まれる。

自分自身は一人だが、何かを投げかけた時に返してくれる人がそばにいる。

絶対に、一人だけだったら生きていけないなあと思う。

今いる大切な人たちが、或る日突然いなくなったら、それは自分自身が消えてしまうように想像も及ばないことと同じではないだろうか。

感謝の気持ち、ありがたさというものは不思議な感情である。

満足して、幸せに満たされる。

暖かくて、ふわふわしていて、もうずっとこのままで良いし、感謝以外することがないのではないかと思ってしまう。

同時に、なくなることを考えると怖くて仕方ない。

恐れることなんて誰にも頼まれていないし、する必要もない。

なのに、そんなことを考えてしまう。

 

自分は、どれほど幸せなのだろうか。

 

まず、幸せであると感じなければそんな問いは出てこないだろう。

今日も、この大好きな場所で、新鮮な空気をいながら、恐れることなくこうして自分と対話出来ている。

進むべき道を考え、そこに向かっている。

 

2017.1.11